飢えの記憶を超えて手にした「当たり前の毎日」
私の家系を振り返ると、幸せの重みを強く感じざるを得ません。私の長兄と姉は、戦時中の混乱の中、栄養失調で亡くなりました。亡き母が「姉さんは死ぬ間際まで、白いごはんが食べたいと言っていた」と涙ながらに話してくれた姿が、今も目に焼き付いています。
復員した父は小学校卒、母は中学中退でした。昔の記録を調べると、日本でも1300年から1900年の間に、280回以上もの飢饉が起きていたそうです。しかし、私たちが生きる今の日本から「飢え」という言葉は、日常からほぼ消え去りました。
これは当たり前のことのように思えますが、実はすごい進歩なんです。機械設計の世界でも、装置が止まらずに24時間動き続ける「安定性」を確保するのが一番難しいのですが、社会も同じ。民主主義と経済がしっかり噛み合っているからこそ、私たちは今日食べるものに困らずに済んでいます。この「命が脅かされない」という土台こそが、幸福の第一歩なんですね。
「学びたい」という願いが叶う、最高の教育環境
そして、今の日本に生まれた最大の幸運の一つは、「教育」にあると私は思います。
私の両親は、学びたくても学べない時代を生きました。しかし、父が復員した後に生まれた次男の兄と私は、運よく大学まで行かせてもらうことができました。これは、戦後の日本が必死に教育の土壌を耕してきた成果です。
今の若い人たちを見ていて、心から「幸せだな」と思うのは、中学校、高校、そして大学へと、本人が望めば道が開かれていることです。かつては家計を助けるために進学を諦めるのが当たり前だった時代もありましたが、今は学びを通じて自分の可能性を広げるチャンスが、誰にでも平等に用意されています。
国際的な調査(PIAAC)によると、日本人の「読む力」や「計算する力」は、世界でも圧倒的なトップクラスだそうです。難しいNC工作機械のプログラムを組んだり、複雑な刺繍ミシンの設計図を読み解いたりできるのも、この高い教育水準があってこそ。今の若者が当たり前に持っている「知識の基礎体力」は、世界から見れば羨望の的なのです。
世界一の「健康長寿」という贈り物
次に注目したいのは、私たちの「体」のことです。日本は世界でも有数の長寿国ですが、これは単に数字の問題ではありません。
- 乳幼児の死亡率が極めて低い: 昔は子供が無事に育つこと自体が奇跡のような時代もありましたが、今の日本は世界で最も安全に赤ちゃんが生まれる国の一つです。
- 健康でいられる時間の長さ: 平均寿命と生活の満足度は比例するというデータがありますが、日本はその両方で高い水準にあります。
マンション管理の仕事をしていると、80代、90代の住民の方が元気に散歩に出かけられる姿をよくお見かけします。機械だって、メンテナンス(医療や栄養)が良ければ長く現役で動けます。人間も同じで、これほど手厚い健康のインフラを享受できる国に生まれたことは、何物にも代えがたい財産だと言えるでしょう。
幸せは、足元の「小さな平和」の中にある
もちろん、生きていれば辛いことや、将来への不安も尽きないものです。私自身、定年を過ぎて管理員の制服に袖を通す日々の中で、現役時代のような華やかさはありませんが、エントランスを掃除しながら住民の方と交わす「おはようございます」という挨拶に、深い充足感を感じます。
戦後の何もない時代から、ここまで豊かな国を作り上げてきた先達への敬意を忘れず、今のこの環境を「当たり前の幸せ」として噛み締めたいものです。
世界的に見ても、これほど安全で、教育が行き届き、健康に長生きできる国はそう多くありません。もし今、何かに悩み、自分は不幸だと思ってしまっている方がいたら、少しだけ視点を広げてみてください。私たちは、人類が何千年もかけて夢見てきた「飢えも病も克服し、望めばどこまでも学べる理想郷」に近い場所に、幸運にも生まれてきたのですから。
さて、今日もマンションの植栽に水をやって、穏やかな一日を始めるとしましょうか。